| 厳島神社 |
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烏丸丸太町を東へ行ったところの門から入ってすぐ右手の九條邸跡の池の畔にあります。 三社の中では1番小振りですがこの神社は宮島の祭神厳島三姫命をとても崇敬していた平清盛がその厳島大神を勧請し建立。その際母の祇園女御も祀ったといわれています。
当初は現在の神戸にあったそうです。その後この地の拾翠池嶋中に移転遷座したのですが、天明八年の京都大火で焼失してしまい、現在の旧公爵九條家の邸内に属し同家の鎮守となったそうです。 写真をご覧の通り、池の中に浮かぶ神社という感じでそこからの景色は素晴らしいです。
ちなみにこちらの宮守をされているのは御苑の西向かい、下立売御門から南へ下がったところにある菅原院天満宮さんです。もう少し詳しい話を聞かれるのなら遠くはないので寄ってみられてはいかがですか? |
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| 宗像神社 |
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| 厳島神社を出て左前方にちょこっと歩いてもらうと鳥居とそのそばにとてもおおきな楠が目印の宗像神社に着きます。この楠は樹齢400年、また境内北にある楠はなんと、樹齢600年と推定されているそうです。 こちらは延暦十四年(平安京創立の翌年)、皇室の守護神として桓武天皇の勅命により後の太政大臣 藤原冬嗣が創立し、別名小一条殿とも呼ばれ源氏の祖、清和天皇誕生の地として古記録にもある由緒正しき神社です。 また京都御所の御苑内の南西にあたって裏鬼門を守る位置にあるので、方除けの神様としても市中のなじみが深く特に建築関係者の参拝が多いそうです。また桜が満開の春と紅葉が鮮やかな秋にはお祭も催されるそうです。 お話をうかがったのは奥様だったのですがとても気さくな方でいろいろと説明してくれはりました。 参拝の際は奥様のお話に耳を傾けるのもいいかもしれませんね。 |
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| 白雲神社 |
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宗像神社をそのまままっすぐ北に歩いていくと右手に小さな森が見えてきます。 その中に白雲神社があります。社伝によると元仁元年十二月(1224年)、時の太政大臣西園寺公経が北山堂(現在の金閣寺の地)を造営する際に妙音堂を第一に修造し皇后邦子内親王(安嘉門院)を迎えられ、御祭神を妙音天と称え祀られたのが始まりといわれています。
その後北条氏の衰滅とともに西園寺家も衰退していたのですが明和六年(1769年)、勅許のもと同家邸内に妙音天を改めて迎え祀って妙音堂を再興。明治維新後の明治十一年(1878年)には神仏混淆の作法を一切神式に改め、鎮座の地白雲村の旧称を以って社号を白雲神社とされたそうです。 御祭神の妙音弁財天坐像は平成14年に重要文化財に指定されています。 現在、その御神像ならびに社殿屋根等の損傷が著しく、平成の大修復を予定しておられます。 ご参拝の際には皆様のご協力をお願いします!とお話をうかがった奥様はおっしゃってました。 |
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いかがでしたか?亭主もまたまたいい歴史の勉強をさせてもらいました。
今回ご紹介致しました三社さんですが、京都御苑内にあるということで本当に静かです。 たまにはお参りに来て日頃の忙しさを忘れたい!ものです。 |